【書評・紹介】『決断 生体肝移植の軌跡』 中村輝久

医学,教養書,ドキュメンタリー

日本初の生体肝移植。移植医療に一石を投じることとなった手術の軌跡。

著者:中村輝久、永末直文、河野仁志、松尾進、山野井彰、木許健生、木村直躬、山田 盂

考えさせられる度
電子書籍 無し
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あらすじ

1989年、島根医科大学で日本初の生体部分肝移植が行われた。1歳にも満たない男の子が受けた肝臓移植の経過を、最初の診断から移植手術・術後管理まで関わった医師団が克明に綴ったドキュメント。

決断 : 生体肝移植の軌跡 (時事通信社)|書誌詳細|国立国会図書館サーチ (ndl.go.jp)

書評

生体肝移植。
肝硬変や肝不全などの病気に対して行われる移植手術です。

生体という名のとおり、生きた人(脳死ではない)の肝臓を移植する手術。

日本では現在、年間300間ほどの生体肝移植が行われています。

この生体肝移植の一番最初。
グラフでは0件にも見える、1989年に行われた一件の手術。
それが本書で語られるものです。

患者は1歳の男の子、杉本裕弥ちゃん。

肝臓から腸へ胆汁を送り出す胆管が生まれつき機能しない「先天性胆道閉鎖症」。
助ける方法は肝移植のみ。

しかし、日本で脳死移植が認められるようになるのは臓器の移植に関する法律が施行される1997年。

残された道は、海外で脳死移植を受けるか、
今まで3例しか行われていない生体肝移植を受けるか。

健康な人の臓器を移植するという倫理的ハードル。
今では生体移植は一般的になりましたが、当時は多くの議論を読んだそうです。

加えて、和田心臓移植事件による移植医療への拒否反応。

しかし、手術をしなければ目の前の命は救えない。
そうした葛藤も含め、この手術に至るまでの全てが書かれている本です。

イヌやブタを用いた生体移植の動物実験。
日本初ですから、当然誰も生体肝移植をしたことがないのです。

更には今でこそ一般的となったインフォームド・コンセントという概念。

次の移植医療のための、徹底的な情報公開。
一患者の状況を毎日会見を開いて説明するなどというのは、今では考えられません。

しかし、そうした情報公開が世論の関心を集め、今日の移植医療の一般化に繋がったことは間違いないでしょう。

ファーストペンギンとはとても恐ろしいものです。
前例がない。
自分が失敗してしまったら、次に迷惑をかけてしまう。

そういう観点でも読める本です。

なお、本書が出版されたのは1990年7月15日。
手術から9ヶ月が経過した頃。
何度も困難な状況に陥りながらも、順調に回復に向かっていた頃に執筆されたものです。

しかし、残念ながら杉本裕弥ちゃんはこの本が出版されて一ヶ月後に亡くなりました。
従って、本書にはこの治療の最後は書かれていません。

生体肝移植の嚆矢。
というより日本における移植医療の嚆矢となったと言っても過言ではない手術を描いたノンフィクションです。
是非お読み下さい。

単行本

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自称システムエンジニアのくせに、農学系の地方国立大に通うおかしな生き物。 ひつぎ教育研究所社長。 好物は恋愛小説と生物学、哲学。BL以外はなんでも読む雑食。 一応、将棋のアマ二段。